ホワイトボードの前で試作機を見せるRIMのエンジニアたち

観のレビュー

ブラックベリー

観 ・ 2026.02.16 ・ ブラックベリー

ブラックベリー ・ 映画 ・ 2023 ・ カナダ ・ 120分

総合

9.7 /10
没入
9.5
余韻
9.8
再見意向
9.8

結論

単なるガジェット史の回顧録ではない。創業の熱狂から沈みゆく過程までを人間のドラマとして描く。

エンジニアの執念、営業の泥臭さ、経営者の孤独。何も美化していない。まさにリアルだ。

外部の圧力で手段を変えれば、本来の価値そのものを失う。ディスラプトの本因は自らが価値を手放したことにある。

良かった

  • 市場を創出した側の自信が、そのまま盲目に転じる過程が容赦なく描かれる
  • 観終わったあと「自分が手放せないものは何か」という問いが立ち上がる

引っかかった

  • 経営判断のディテールに寄る場面は、前提知識がないと置いていかれる

映画『ブラックベリー』を観た。

この映画は単なるガジェット史の回顧録ではない。創業期の熱狂、成功の頂点、そして沈みゆく過程──起承転結を人間のドラマとして丁寧に描いている。製品の細部やテクノロジーも、経営判断のディテールも拾い上げつつ、人々の欲望と矛盾を見せることで、テクノロジーの物語を「人間の物語」に変換している。

スタートアップの紆余曲折のリアルさが、胸をざわつかせる。エンジニアの執念、営業の泥臭さ、経営者の孤独。画面の向こうにいるのは抽象的な「企業」ではなく、血の通った人々だ。勝利の瞬間の高揚も、衰退の瞬間の徒労感も、どちらも嘘がない。この作品は、何も「美化」していない。まさに「リアル」だ。

BlackBerryを開発したRIMの創業者でCEOのマイク・ラザリディス。彼のこだわりは、最初は美徳だ。完璧を追う姿勢が製品の品質を支え、企業を成長させた。

BlackBerryはキーボードの「打鍵感」やセキュリティの安心感という、機能を超えた体験を売っていた。映画を観ればわかるが、世界を席巻するプロダクトは最終的に機能だけでマスマーケットを取らない。人が日常に取り込むのは、感覚と物語であり、まさに情緒的価値、体験的価値、社会的価値の力だだ。

しかし同時に、彼らは確証バイアスに囚われていく。自らが作った「市場」と「専門性」に深く根を張っていた。その自負が、外から来る異物(iPhone)を「おもちゃ」と切り捨てる態度につながった。専門性の高い市場のメインプレイヤーでさえ、革新性の高いプロダクトを過小評価することがある。市場を創出した側の自信はときに盲目を生む──それが致命傷になり得る。

彼らが「体験」で起こしたイノベーションは、さらにより良い「体験」によるイノベーションであるiPhoneにディスラプトされていく。しかしその危機に際した時に、判断を誤ってはいけない。外部からの圧力で「手段」を変えれば、本来の価値そのものを失うことがある。BlackBerryが生産拠点を変え、コストやスピードを優先したとき、彼らが守ってきた「品質の物語」は薄れていった。iPhoneの出現はただのきっかけに過ぎない。彼らがディスラプトされた本因は自らの価値を手放したことにある。手段は選び直せるが、目的は守るべし。

結局のところ、イノベーションにおいて「妥協は人類の敵」とまでは言わないまでも、「手放すべきでない何か」があることを問いかける。マイクのこだわりは、本来、単なる頑固さではなく、ブランドの核を守る信念だった。そしてその核を壊す決断が、どれほどの代償を伴うかを描いている。

観終わったあと、自分の中で小さな問いが立ち上がった。自分が「これは手放せない」と思っているものは何か。市場の声や短期的な圧力が来たとき、それを守る覚悟はあるか。革新とは新しいものを作るだけでなく、伝えてきた価値を守り抜く行為でもあるのだと、改めて思い知らされた。

BlackBerryの物語は悲喜こもごもだが、そこにはイノベーションにおける普遍的な教訓が詰まっている。すべてのイノベーターが観るべき作品であるのは間違いない。

ブラックベリー のギャラリー 1
ブラックベリー のギャラリー 2

採点

総合

9.7 /10
没入
9.5
余韻
9.8
再見意向
9.8